放送法制定の歴史のススメ-②第一次放送法案の作成と廃案

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放送法制定の歴史のススメ①の続きです。 放送法制定の歴史のススメ①では、憲法改正に伴ってGHQから放送法制定の示唆を受けて、GHQの方針であるファイスナー・メモが出されたことまでをまとめた。

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放送法制定の歴史のススメ②では、ファイスナー・メモを参考にしながら放送法案が作成されていく過程を追ってみる。


第一次放送法案の国会提出

逓信省は、1947年10月のファイスナー・メモを参考にしながら、放送法案の作成を進めていく。 1948年2月、取りまとめた放送法案を、逓信省はGHQ民間通信局に提出して助言を求め、民間通信局は、民間情報教育局(CIE:Information and Education Section)、民政局(GS:Government Section)、経済科学局(ESS:Economic and Scientific Section)と協議を行い、修正意見を提示した。 これに基づいて逓信省は放送法案を修正し、1948年6月18日に国会に提出する。ここでは便宜的に「第一次放送法案」と呼ぼう。 提出時の総理大臣は芦田均だった。


第一次放送法案の内容:ニュース放送に関する原則

第一次放送法案は、第1章総則、第2章放送委員会、第3章日本放送協会、第4章一般放送局、第5章審理手続、不服の審理及び訴訟、第6章罰則、第7章雑則で構成されていた。おおむねファイスナー・メモに沿ったものといえるだろう。

しかし、ファイスナー・メモが示唆した「放送の自由」とは相反すると思われる規定がある。 第4条のニュース放送に関する原則を定める条文だ。内容を見てみよう。

(ニュース放送) 第4条 ニュース記事の放送については、左に掲げる原則に従わなければならない。 一 厳格に真実を守ること 二 直接であると間接であるとにかかわらず、公安を害するものを含まないこと 三 事実に基き、且つ、完全に編集者の意見を含まないものであること 四 何等かの宣伝的意図に合うように着色されないこと 五 一部分を特に強調して何等かの宣伝的意図を強め、又は展開させないこと 六 一部の事実又は部分を省略することによってゆがめられないこと 七 何等かの宣伝的意図を設け、又は展開するように、一の事項が不当に目立つような編集をしないこと 2 時事評論、時事分析及び時事解説の放送についてもまた前項各号の原則に従わなければならない。


この条文は、GHQが発した「日本新聞規則に関する覚書(プレス・コード)」(1945年9月19日)によく似ている。プレス・コードの内容も見てみよう。

1 ニュースは厳格に真実に符合するものたるべし。 2 直接又は間接公安を害するおそれある事項を印刷することを得ず。 3 連合国に対する虚偽又は破壊的批評を行わざるべし。 4 連合国占領軍に対する破壊的批評及び軍隊の不信若しくは憤激を招くおそれある何事もなさざるべし。 5 連合軍軍隊の動静に関しては公式に発表せられたるもの以外は発表又は論議せざるべし。 6 ニュースの筋は事実に即し編集上の意見は完全にこれを割くべし。 7 ニュースの筋は宣伝的意図をもって着色することを得ず。 8 ニュースの筋は宣伝的意図を強調又は拡大する目的をもって微細の点を過度に強調することを得ず。 9 ニュースの筋は関係事実又は細目を省略することによりこれを歪曲することを得ず。 10    新聞の編集においてニュースの筋は宣伝的意図を設定若しくは展開する目的をもってあるニュースを不当に誇張することを得ず。 放送法制立法過程研究会編『資料・占領下の放送立法』(東京大学出版会、1980年)から引用。旧字体は新字体に改めた。


プレス・コードの3日後の1945年9月22日には、「日本に与うる放送準則」(ラジオ・コード)がGHQから日本政府に発せられた。これもプレス・コードとほぼ同じ内容だった。

一 報道放送
A 報道放送は厳重真実に即応せざるべからず。
B 直接又は間接に公共の安寧を乱すが如き事項は放送すべからず。
C 連合国に対し虚偽若しくは破壊的なる批判をなすべからず。
D 進駐連合軍に対し破壊的なる批判を加え又は同軍に対し不信若しくは怨恨を招来すべき事項を放送すべからず。
E 連合軍の動静に関しては公式に発表せられざる限り発表すべからず。
F 報道放送は事実に即したるものたるべく且つ完全に編集上の意見を払拭せるものたるべし。
G いかなる宣伝上の企図たるとを問わず報道放送をこれに合致する如く着色すべからず。
H いかなる宣伝上の企図たるとを問わず軽微なる細部を過度に強調すべからず。
I  いかなる報道放送をも適切なる事実若しくは細部の省略によりこれを歪曲すべからず。
J      報道放送における報道事項の表現はいかなる宣伝上の企図たるとをとわずこれを実現し又は伸長する目的のために特定事項を不当に顕著ならしむべからず。
K 報道解説、報道の分析及び解釈は以上の要求に厳密に合致せざるべからず。 <以下、略>
放送法制立法過程研究会編『資料・占領下の放送立法』(東京大学出版会、1980年)から引用。旧字体は新字体に改めた。


プレス・コードやラジオ・コードは、GHQが日本の民主化を円滑に進めるために、報道を規制し検閲する目的をもっていたことは否定できない。しかし同時に、日本の新聞が戦前・戦中に戦争に関する真実を伝えず、戦争をあおるような宣伝を行ったことを改めることを求める意味もあっただろう。 憲法21条の表現の自由に基づいて放送の自由の原則に立っているはずの放送法案に、連合国に関する報道への規制を除くプレス・コードやラジオ・コードの規定が、なぜほぼそのまま盛り込まれたのだろう。

1947年6月時点では、逓信省が準備していた日本放送協会法案には、番組の内容に関する準則として、次のような内容が書かれていた。

1  協会は、社会の公器として、中波による無線 電信によって時事、教養、演芸その他の事項 を放送し、あまねく公平に、なるべく安い料金で、 公衆の聴取に供しもって国民文化の向上に資す ることを目的とすること。 11  放送事業の社会的意義に鑑み協会の放送 番組の編成には、傾向的性格があってはなら ないこととすること。 12  協会は、放送無線電話事業の独占に基く 欠陥を補うため、放送番組の編成には最善の 努力を払い、競争事業があると同様の効果を あげるよう処置しなければならないとすること。
荘宏・松田栄一・村井修一『電波法 放送法 電波監理委員会設置法詳解』(日信出版、1950年)

つまり、このときは、「あまねく公平に」放送することや、番組編成に「傾向的性格があってはならないこと」が盛り込まれているだけで、公安や真実性は問題になっていなかった。

この1947年6月の法案と第一次放送法案とは、番組内容の規律に対して大きな違いがあるのだ。1947年6月から1948年10月までに、第4条が第一次放送法案に入れられた経過がわかる資料は、日本で出版されている書籍には掲載されていないようだ。 第4条が定められた理由の一つとして推測できるのは、労働組合によるメディアの民主化運動とGHQの方針の変更と日本政府のメディアの左傾化に対する憂慮だろう。

GHQは、占領当初は労働組合の結成に好意的だった。そして1945年9月に読売新聞から始まった社内機構の民主化と戦争責任追及の動き(第1次読売争議)は、朝日新聞、毎日新聞にも及び、さらに全国に波及し多くの新聞社で代表者が更迭された。 しかし、冷戦の影響で、GHQの対日方針は転換期を迎える。GHQは新聞の左傾化を憂慮するようになっていく。

1947年6月には第2次読売争議が始まり、10月に一部の新聞でストライキが始まる。日本放送協会も10月5日からストライキを行った。翌日放送は国家管理に移される。 つまり1947年10月は、放送をめぐりファイスナー・メモの放送の自由の原則が示唆された一方で、民主化運動の流れに対して政府が規制を加えていた時期だった。その矛盾が、この第一次放送法案4条となって現れたといえるのかもしれない。


第一次放送法案の廃案

第一次放送法案は、提出時期が国会の閉会直前であったため、審議未了となる。そして、昭電疑獄事件で芦田内閣が10月に総辞職し、新たに総理大臣になった吉田茂政権の下、同法案は撤回される。 理由は、吉田茂が政府から独立した放送委員会が放送行政を行う体制に不賛成だったからだと指摘する文献がある。その後の放送法の国会成立までの経過に照らせば、この指摘は当たっているように思われる。


ニュース放送に関する原則に対するGHQ法務局の意見

こうして吉田内閣の下で撤回された第一次放送法案だったが、GHQ法務局(LS:Legal Section)がさらに意見を述べる。意見の中で厳しい論調なのは、第4条についてであり、全文の削除を勧告している。

二 第4条
A この条文には、強く反対する。何故ならば、それは憲法第21条に規定されている「表現の自由の保証」と全く相容れないからである。現在書かれているままの第4条を適用するとすれば絶えずこの条文に違反しないで放送局を運用することは不可能であろう。反対の側から言えば、政府にその意思があれば、あらゆる種類の報道の真実あるいは、批評を抑えることに、この条文を利用することができるだろう。この条文は、戦前の警察国家のもっていた思想統制機構を再現し、放送を権力の宣伝機関としてしまう恐れがある。――これは、この立法の目的としているところは、正反対である。放送が現在日本において、公の報道、教育機関として最も重要な手段であることを考えれば、上記の如き方向への発展(への可能性)の危険性は、如何に声を大にしても過ぎるということはない。 例えば、第2項は、ニュース評論(News Comentary)は、厳密に真実であり、編集者の意見を含まず「着色」していないことを要求している。しかし「評論」とは、定義によれば「個人の意見」の発表であり、「報道上及び教育上の価値判断」の顕現である。条文にあるような制限の下に「評論」が不可能であることは、自明の理であろう。政治の面を離れても「制限」を実行することはむずかしい。例えば、台風その他全国的天災等も第2項第2号によって報道するわけにはゆかなくなる。何故ならば、その報道は、公安を害するかもしれないからである。

B この条文を、弁護するものは、それが1945年9月19日SCAPIN第33号に基づいているというかもしれない。然し、SCAPINの内容と国内法とは、相違がなくてはならない。このSCAPIN第33号は純然たる国内事件を規律しようとしたものではない。それは「占領」に関係あることのみを目的としている。このSCAPINは意見の制限や抑圧に用いられたことがないのみならず、国内事件に関しては、それは1945年9月第660号及び1946年第99号SCAPINによって置きかえられている。

C 言論の自由抑圧を一掃するため、L・Sはこの第4条の全文削除を勧告する。何故なら放送の本来の目的は、「不偏不党」をも含めて第3章第46条、第47条で盡されているからである。

放送法制立法過程研究会編『資料・占領下の放送立法』(東京大学出版会、1980年)から引用。旧字体は新字体に改めた。
注:SCAPIN(Supreme Command for Allied Powers Instruction Note)とは、連合国軍最高司令部訓令と訳されている。連合国軍最高司令官(SCAP)から日本政府あてに出された訓令のことを言う。SCAPIN第33号は、プレス・コードを指す。

この訓令に従い、逓信省は第4条を削除して、新たに放送法案の策定を進めていく。

続きは「放送法制定の歴史のススメ③」で。

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