放送法制定の歴史を理解するための必読本4選プラスα

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放送法制定の歴史について書いたときに、いろいろな論文のほかに参考になった本が4冊ある。


『資料・占領下の放送立法』放送法制立法過程研究会編(財団法人東京大学出版会 1980年)

放送法制立法過程研究会が、昭和51年秋から1年半にわたって、占領下の放送法制の立法過程について資料を収集、調査した研究の成果を出版した本。 基本文書、立法に携わった人物の証言、国会の議論が3つの部に分かれて掲載されている。

基本文書は、英語文書が多いが和訳が付されており、GHQと日本側のやり取りが時系列でわかるように並べてある。GHQによる放送法の立法の指示から、放送法案の作成、その後の国会での修正までをつぶさに追っている。きわめて貴重な資料集である。

放送法制立法過程研究会の委員は、次のように、放送法制に携わった元官僚、郵政省の官僚のほか、著名な研究者、NHK、民放連の研究所長である。あいうえお順で、肩書は本のはしがきに書かれているものを転記した。 網島毅(元電波監理委員会委員長) 放送法案を国会に提出した際に提案理由を述べている。 伊藤正己(東京大学教授・当時) のちの最高裁判事 内川芳美(東京大学教授) 片岡俊夫(NHK総務室長) 鴨光一郎(郵政省電波管理局放送部長・当時、のちに沢田茂生) 駒木之雄(日本民間放送連盟研究所長・当時) 佐田一彦(NHK総合放送文化研究所放送学研究室長) 塩野宏(東京大学教授) 荘宏(元電波管理総局文書課長) 中西秀三(元NHK国際局渉外部長} 永野明(郵政省電波管理局放送部企画課長・当時) 長浜道夫(元NHK理事) 野村義男(元電波監理総局法規経済部長)

この資料集の中で、どうしても判然としないのは、放送法の現在の4条1項の番組編集準則に相当する条文が作成された経過である。

1948年に国会に提出された最初の法案には、GHQが民主化を進めるために、新聞やラジオの表現を規制したプレスコード・ラジオコードとそっくりな条文があった。GHQから強い反対が出て、全文削除となった。 しかし、1949年12月に国会に提出された放送法では、その一部がNHKに適用される条文として形を変えて残り、国会審議で民放にも準用されることになった。さらに、その後の改正で、現在は通則としてNHKと民放の両方に適用される規定となっている。 なぜGHQが強い反対をしながら、NHKに適用される条文については反対を述べなかったのだろうか。残念ながら、その過程は、この網羅的な資料集でもわからない。この抜けている部分についてのGHQ内部の議論を記した文書は、アメリカ国立公文書館で探せば、見つかるのではないだろうか。ぜひ研究者やメディアの調査をしてほしいと思う。 参考までにプレスコードとGHQが削除を求めた最初の放送法案の条文の抜粋を紹介しておこう。

プレスコード(1945年9月19日)

この新聞規約は、新聞に対する制限を目的とするものではなく、自由な新聞のもつ責任とその意味を、日本の新聞に教えこむためのものである。とくにニュースの真実性及び宣伝の排除に重点が置かれており、新聞のニュース、社説、広告はもちろんこのほか日本で印刷されるあらゆる刊行物に適用される。

1.ニュースは厳格に真実に符合しなければならぬ。

2.直接たると間接たるとを問わず、公共安寧を紊すような事項を掲載してはならぬ。 連合国に関し虚偽又は破壊的批判をしてはならぬ。

3.連合国に関し虚偽又は破壊的批判をしてはならぬ。

4.連合国占領軍に対し破壊的な批判を加え、又は占領軍に対し不信若くは怨恨を招来するような事項を掲載してはならぬ。

5.連合軍部隊の動静に関しては、公式に発表されない限り発表又は論議してはならぬ、

6.ニュースの筋は、事実通りを記載し且つ完全に編集上の意見を払拭したものでなければならぬ。

7.ニュースの筋は宣伝の線に沿うように脚色されてはならぬ。

8.ニュースは宣伝の企図を強調し若くは展開すべく針小棒大に取扱ってはならぬ。

9.ニュースの筋は重要事項又は細部を省略してこれを歪曲してはならぬ。

10.新聞編集に当ってはニュースの筋は宣伝の意図を盛上げ又は展開する為め特に或事項を不当に顕出してはならぬ。

(ニュース放送)

第4条 ニュース記事の放送については、左に掲げる原則に従わなければならない。

一 厳格に真実を守ること

二 直接であると間接であるとにかかわらず、公安を害するものを含まないこと

三 事実に基き、且つ、完全に編集者の意見を含まないものであること

四 何等かの宣伝的意図に合うように着色されないこと

五 一部分を特に強調して何等かの宣伝的意図を強め、又は展開させないこと

六 一部の事実又は部分を省略することによってゆがめられないこと

七 何等かの宣伝的意図を設け、又は展開するように、一の事項が不当に目立つような編集をしないこと

2 時事評論、時事分析及び時事解説の放送についてもまた前項各号の原則に従わなければならない。

放送法制定の歴史で紹介したが、当時の番組編集準則の条文の抜粋も載せておこう。

(放送番組の編集)

第44条

3 協会は、放送番組の編集に当っては、左の各号の定めるところによらなければならない。

一 公衆に関係がある事項について、事実をまげないで報道すること。

二 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

三 音楽、文学、演芸、娯楽等の分野において、最善の内容を保持すること。

(政治的公平)

第43条 協会の放送番組の編集は、政治的に公平でなければならない。

この規定が国会で修正がなされて、法律が成立したときは、現在の4条1項とほとんど変わらない規定になった。

(放送番組の編集)

第44条

3 協会は、放送番組の編集に当っては、左の各号の定めるところによらなければならない。

一 公安を害しないこと。

二 政治的に公平であること。

三 報道は事実をまげないですること。

四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。


『戦後資料 マスコミ』日高六郎編(日本評論社 1970年)

国民文化会議という団体が、戦後のマス・コミュニケーションと文化についての研究をした一環で、出版した資料集。日高六郎氏は、社会学者で東京大学の教授だったが、東大紛争の際に辞職している。その他のメンバーは、稲葉三千男、塚本三夫、山本明、山部芳秀だ。

放送に限らず、戦後のマスコミに関する貴重な資料がまとめられている。 項目は、占領軍による言論行政、言論の民主化、用紙割当問題、読売争議、編集権問題、レッドパージ、電波法の成立、放送法改正とテレビ大量免許、チャタレー事件、「悪書」と「良書」、弾圧法規と新聞、安保反対運動と新聞、報道の自由と取材、報道協定と記者クラブ、文化放送・産経新聞問題、選挙とテレビ、嶋中事件等と『思想の科学』問題、「低俗番組」追放問題、放送法第二次改正問題、12チャンネル問題、山陽新聞問題、放送の自主規制、ベトナム戦争とマスコミ、マスコミの規制と誘導、テレビフィルム提出命令事件、サド『悪徳の栄え』裁判、新聞営業問題、出版販売問題、著作権問題と多岐にわたっている。 眺めるだけで、戦後マスコミをめぐる議論が見えてくるところがある。 このなかの電波法の成立の部分に、放送法制定に関する資料が掲載されている。


『ドキュメント 放送戦後史Ⅰ 知られざるその軌跡』松田浩(双柿舎 1980年)

日本経済新聞社の元記者で、放送分野の専門家が書いた本。Ⅰで、優れたジャーナリズム活動を顕彰するJCJ(Japan Congress of Journalists、日本ジャーナリスト会議)の奨励賞を受賞している。 上の2つは、資料集であるから、生の資料を読みたい人にとっては貴重であるものの、若干boringの印象をぬぐいきれない。この本は、ドキュメントとして放送法制定の過程が読める。おもしろく学びたいという人にうってつけ。

松田氏は、岩波書店から2005年に『NHK 問われる公共放送』を出版し、2014年に新版として『NHK 危機に立つ公共放送』を出版している。


『日本の放送のあゆみ』日高一郎(人間の科学社 1991年)

NHKの国際放送「ラジオ日本」のニュースキャスター、NHK放送研究所の主任研究員だった日高氏が書いた本。 松田氏の本は、戦前、戦中の放送の記載は少ないが、こちらの本には、胎動期、戦時期、占領期、転換期、発展期、現代期と、日本の放送の1980年代までの発展がよくわかる。放送法を理解するためには、やはり戦争中の放送がどのようなものであったかを理解する必要があるだろう。 大変読みやすい本で、それほど厚くないので手に取りやすいだろう。


『20世紀放送史』日本放送協会編(NHK出版 2001年)

戦前は日本放送協会しか存在せず、民間放送はなかったのだから、戦時中の放送についてはやはり当時の資料が残されているのはNHKのはずだ。戦前の放送について知るためには、NHKの資料にあたるのが一番よいかもしれない。NHKの公式記録として作成され、3冊セットで大部であるが、資料としての価値は高いだろう。

約70年前の法律であるため、残念ながら古い本が多い。古書で買うことができるものもあるが、本によっては手が出にくいほど値段が高い。図書館に行って調べるのがいいかもしれない。