政務活動費の情報公開請求を議員に教えていいの?/情報公開と個人情報保護の観点から考える

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 近頃なにかと話題の政務活動費。これが適正に使用されることはもちろん大切なことなのだが、これに関連して情報法にかかわる問題が生じていることにも目を向けたい。自治体の議会事務局が政務活動費の情報公開請求者の名前を知らせていたことだ。情報公開の観点からも、個人情報保護の観点からも大きな問題がある。
 政務活動費とは何かについては、前回の記事"[早わかり]政務活動費―透明性が求められるのはなぜ?”で書いたのでそちらを見てほしい。

 

 

議会事務局が情報公開請求を議員に伝えていた事例一覧

 報道を確認した限りで、現在までさまざまな自治体で、議会事務局が情報公開請求の事実または請求者の氏名を議員に伝えていた事例として、次のようなものがある。富山市のケースが問題になったため、各地の報道機関が確認したことから発覚したのだろうが、他にも隠れているケースがあるかもしれない。

自治体名漏れた先漏れた情報参考にした記事
兵庫県・明石市 市議会全7会派幹事長 報道機関名 読売新聞9月23日
富山市 市議2人 報道機関名 毎日新聞9月21日
金沢市 各会派の代表者会議 報道機関名 毎日新聞9月21日
金沢市 全市議 開示請求の事実 朝日新聞9月22日
鳥取市  議会運営委員会 報道機関名・開示予定時期 日経新聞[共同通信配信]9月23日
北九州市 会派経理担当者 報道機関名・市民団体名、請求内容 西日本新聞9月24日
川崎市  開示請求対象の市議 報道機関名・記者名 毎日新聞9月24日
徳島県・小松島市 全市議(メールで一斉送信) 市民団体名と代表者名 産経新聞WEST9月24日
長野・諏訪市 議会運営委員会 報道機関名・開示請求決定 毎日新聞9月25日
長野・茅野市  議会全員協議会 報道機関名・開示請求決定 毎日新聞9月26日
愛媛県・今治市 議会運営委員会の市議8人 情報公開請求の申請書のコピー 産経新聞WEST9月26日
佐賀県・武雄市 市議 開示請求の事実 佐賀新聞9月27日
大阪府・富田林市 議会運営委員会の市議9人 報道機関名 NHKオンライン9月27日
大阪府・阪南市 複数の市議 請求者名 NHKオンライン9月27日
山形市 各派代表者会 請求者名・請求内容 毎日新聞9月29日
大阪府・和泉市 開示請求対象の市議 報道機関名 産経新聞WEST9月30日
大阪市・豊中市 各会派代表者 請求者の属性(報道機関名・市民) 毎日新聞10月1日
広島市・呉市 各会派代表者 報道機関名 毎日新聞10月1日
山形県・鶴岡市 各会派代表者 開示請求の事実 山形新聞10月1日

  これらの多くは、報道機関名や情報公開請求の事実を伝えたもので、請求者名そのものを伝えた議会事務局は少ないのが特徴である。つまり、報道機関名は「個人情報」ではないので伝えることはかまわないというのが前提となっている可能性がある。また、情報公開請求の事実を伝えることには何ら問題はないという意識も見え隠れする。
 果たしてそれでよいのだろうか。

 情報公開の観点から何が問題になるのか?

まず具体的事例から

 さて、まず報道された事例のうち富山市のケースを取り上げて情報公開の観点から見ていこう。
 2016年9月21日の毎日新聞は、「開示請求者情報を議員に漏らす 富山と金沢 政活費資料の情報公開で」という記事で次のように報じている。

自民会派前会長の中川勇氏(69)=議員辞職=と同会派の谷口寿一氏(53)=同=に「何をしているのか」と聞かれ、「地元テレビ局から情報公開請求があり、その仕事をしている」と伝えたという。中川氏はこれを受け、印刷業者に口裏合わせを頼むなど、不正請求に関して隠蔽(いんぺい)を図ったとみられる。

 各種の報道によると、中川氏は、印刷業者から白紙領収書をもらい、注文していない印刷料金を書き込み、政務活動費の領収書として収支報告書に添付し提出していたとされる。

 

情報公開は調査報道の手段

 報道機関は、調査報道のためによく情報公開を利用している。これは珍しいことではなく、アメリカの情報自由法でも同じで、情報公開請求者の割合でいえば報道機関は上位に位置しているはずだ。公文書を仔細に調査することで隠れた事実を探し当て市民に伝えるのは、報道機関の大切な役割の一つである。政務活動費のケースの場合、収支報告書に添付された領収書を見て、一定の業者からのものがきわめて多かったり、領収書に書かれた金額の筆跡が同じものであったりすれば、架空の領収書ではないかという推測が働き、その業者への取材その他裏付けを行うことになるのだろう。
 ところが、このケースでは、情報公開請求の事実を市議に伝えたために、隠蔽工作が始まったというのである。まったく調査報道どころではない。
 しかし、このケースは、隠ぺい工作の問題もさることながら、情報公開の根幹をゆるがす問題をはらんでいる。

政務活動費の収支報告書と領収書の閲覧方法

 前置きが長くて恐縮だが、政務活動費の収支報告書や領収書はどうやって見ることができるかを確認しておきたい。ちなみに、元県議による政務活動費の詐取の問題で大揺れした兵庫県では、兵庫県政務活動費の交付に関する条例11条で、誰でも政務活動費の収支報告書と領収書等の閲覧を請求することができるという規定を設けている。富山市議会の条例にはそうした規定はないので(別な条例が規定されているのかもしれないが、ざっと調べたところそうした条例はあるようには見受けられなかった)、収支報告書と領収書等を閲覧したいと考えた場合には、富山市情報公開条例に基づいて請求することになるだろう。

情報公開条例の目的と請求者

 さて、富山市情報公開条例によれば、条例の目的は「この条例は、市政に関する市民の知る権利を尊重し、市民の公文書の公開を請求する権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、市民の市政参加を一層促進し、もって市政について市民に説明する市の責務が全うされるようにするとともに、公正で開かれた市政の推進に資することを目的とする」とある(1条)。「市民の知る権利」を明記している点で、理念としては、富山市は市民の知る権利を重視する姿勢を取っているようだ。

 そして、情報公開請求ができるのは次の6つの人または法人その他の団体となっている(5条)。これはどこの自治体でもほとんど同じである。

  • 市内に住所を有する人

  • 市内に事務所、事業所を有する人及び法人その他の団体

  • 市内の事務所、事業所に勤務する人

  • 市内の学校に在学する人

  • 市税を納税する義務のある人 

  • 公文書公開を必要とする理由を明示して請求する人及び法人その他の団体

 自治体の情報公開請求をする場合には、報道機関であれば、記者やディレクターが個人で情報公開請求をするか、または報道機関が法人として情報公開請求をすることになろう。今回のケースは、「地元テレビ局」から請求があったということだから、後者だったのかもしれない。ちなみに、「法人その他の団体」の場合は代表者名のほか、担当者の氏名と自治体と実際にやり取りをする連絡先を情報公開請求書に記載することになっている。今回のケースでいえば、担当者というのは、記者やディレクターになる。公文書公開請求書のひな型を見ると、イメージが沸くだろう。

情報公開請求に理由を書く必要はあるか

 情報公開請求をする場合、通常、請求理由は請求書に書く必要はない。請求理由いかんによって情報公開請求の是非や可否が問われてはならないし、理由を求めることによって請求者が請求をちゅうちょするなどしては、市民の市政を知る権利を制限することになりかねないからだ。唯一理由を書くのは、市と何らの関係もない者が請求をする場合に限定されている(上記の最後の者)。

情報公開請求を議員に知らせるのがなぜ問題となるのか

  ここまでお読みいただければ、なぜ情報公開請求について議員に知らせることの問題性を理解していただけたことと思う。請求理由を書く必要がない理由と同様に、情報公開請求をした事実を、請求に対応する職員らが請求対象にかかわる人物に伝えることは、請求者が請求をためらう要因の一つになりかねない。
 情報公開請求をするのは、報道機関や市政に参加したいと意気込んでいるプロ市民だから、こんなことで請求に萎縮が起きるはずはない、と思うのは間違いであろう。情報公開請求は、市民の誰もが行うことのできる市政に参加するための大切なツールである。どのような市民であっても思い立ったら情報公開請求ができる仕組みが構築されていることが重要なのである。市民の側に立って情報公開制度の意義を踏まえておかなければ、「知る権利」など有名無実になりかねない。市政は市民のためにあるのであって、市議はあくまで市民の代表でしかない。
 さらに、情報公開請求の運用がこのようになされていることを市民が知ったならば、情報公開制度に対する不信も生まれよう。

 これを踏まえれば、もう一つのケースにも問題があることが理解されよう。2016年9月22日の朝日新聞は、情報公開請求の事実を市議会事務局が全議員に伝えた「政活費の公開請求、全議員に伝える 金沢市議会事務局」という記事の中で、金沢市議会事務局の言い分をこう伝えている。

「富山市議会で政務活動費の不正問題が発覚したことから、適正に政活費を使ってもらうように啓発するためだった。文書配布に法的な問題はない」

 適正に政務活動費を使ってもらうように啓発するために、情報公開請求の事実を伝える必要はないだろう。富山市で問題が起きているので、金沢市でも留意してもらいたい旨の文書を配布すれば足りるはずではないか。たとえ個人情報を伝えていない場合でも、市民の視点で見れば、情報公開請求の事実を伝えること自体が、請求の萎縮を生みかねず、大きな問題であることをもっと理解してほしい。

 

個人情報保護の観点から何が問題になるのか?

 先の富山市のケースでは、伝えたのは「地元テレビ局から情報公開請求があった」ということなので、「地元テレビ局」は「個人」ではないから、富山市の個人情報保護条例には違反していないのではないかという疑問を持つむきもあろう。そこで、富山市個人情報保護条例を確認してみよう。同条例11条は次のように定めている。 

実施機関は、法令等に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報・・・を自ら利用し、又は提供してはならない。

 実施機関とは今回の一連のケースでは「議会」になるだろう。情報公開請求に関することが利用目的であるから、市議に伝えることは「利用目的以外の目的」の提供に該当するといえよう。

  ここにいう「保有個人情報」とは次の情報となる(2条2項)。

3 この条例において「保有個人情報」とは、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した個人情報であって、当該実施機関の職員が組織的に利用するものとして、当該実施機関が保有しているものをいう。ただし、公文書(富山市情報公開条例(平成17年富山市条例第30号)第2条第2項に規定する公文書をいう。以下同じ。)に記録されているものに限る。

 実施機関である議会」の事務局職員が取得し、組織的に利用し、議会が保有しているものであるから、「地元テレビ局の名称」が「個人情報」に該当すれば、この条例に違反する可能性が出てくる。

 同条例では「個人情報」は次のように定義されている(2条3項)。といっても、この定義はほとんどの自治体が同じである。

2 この条例において「個人情報」とは、個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。

 「個人」とは自然人のことをいうから、「地元のテレビ局」は個人にはあたらない。しかし、地元のテレビ局という情報は「その他の記述」に入るから、この情報を他の情報と照合すると、情報公開請求をした個人が識別できるならば、「地元のテレビ局」という情報は、「個人情報」に該当する可能性が出てくるのである。

 さて、富山市の市議会に関する報道が地元でどのようになっているかは定かではないのだが、議会担当の記者は固定しているのが一般的である。テレビ局の名称を伝えただけで、担当記者の名前もわかることが多いのではないだろうか。そうなると、報道機関は法人その他の団体なので「個人情報」には該当しないと、断定していいとは思えない。

 

 情報公開制度は、地方自治体から生まれた。最初に情報公開条例を施行されたのは、今から30年以上前の1982年にさかのぼる。金山町(「かねやま」と読む)情報公開条例である。それからまたたく間に全国に広がり、それが一つの背景となって国の情報公開法が制定されたのだ。さきがけであったはずの地方自治体の情報公開が、制度の趣旨と違った形で運用されているのは残念でならない。 

 情報法の視点から見てきたが、自治体の人事に問題があるとの指摘もなされている(毎日新聞2016年9月26日付けの記事中の新藤宗幸教授のコメント)。

 この他に、公務員の守秘義務に違反するのではないかという問題もある。


[参考]

・毎日新聞2016年9月26日「情報公開請求漏えい 議員への過剰配慮『事務局人事に問題』」有料記事

・総務省:通知(総行行第198号・総行経第22号2016年9月30日)「政務活動費に係る対応について

・全国市民オンブズマン:政務調査費・政務活動費特設ページ